Facebookで流れてきて目にした記事。

Large Language Muddle | The Editors

Large Language Muddle | The Editors

The AI upheaval is unique in its ability to metabolize any number of dread-inducing transformations. The university is becoming more corporate, more politically oppressive, and all but hostile to the humanities? Yes — and every student gets their own personal chatbot. The second coming of the Trump Administration has exposed the civic sclerosis of the US body politic? Time to turn the Social Security Administration over to Grok. Climate apocalypse now feels less like a distant terror than a fact of life? In three years, roughly a tenth of US energy demand will come from data centers alone.

とはいえ英語なのでPerplexityに要約を頼む。

この記事は、大規模言語モデル(LLM)を中心とした生成AIブームに対し、人文系の書き手・読者の立場から「諦めではなく抵抗を選べ」と主張する長い論考です。 nplusonemag

論旨の全体像
  • 生成AIはコピーライターや教師、学生など「読む/書く」仕事を侵食し、大学やメディアがすでに疲弊している状況にさらなる危機感を与えていると描く。 nplusonemag
  • 多くの”AI-and-I(AIと私)”エッセイは、最初は不安から始まりつつも、便利さに感心して最終的にはAIの歴史的必然性を受け入れてしまう「降伏の物語」になっていると批判する。 nplusonemag
  • 筆者たちはそれに異議を唱え、「AIは弱く粗末な機械にすぎず、人間の知的労働はまだ防衛可能だ」として、文化的・政治的な抵抗を呼びかける。 nplusonemag
AIと知的労働への危機認識
  • 大学生の多くが課題でAIを常用し、MITの研究ではAI補助による文章作成が思考の幅を狭め、「認知的負債」やクリシェ反復をもたらすと示されていると紹介する。 nplusonemag
  • 有名誌の論者たちは、AIによって読書・書き方・人文学そのものが変容し、「グーテンベルク時代の終わり」すら語り始めていると整理する。 nplusonemag
  • こうした議論はしばしば「人間の不完全さこそが人間らしさ」という人文主義的弁護に行き着くが、それは弱々しく、むしろ機械の成功を認める言説になっていると評する。 nplusonemag
AI産業批判と「知能」概念の解体
  • 筆者は、AI産業は巨大資本・投資家・ロビイスト・コスト削減を狙う経営者からなる連合であり、市場拡大のロジックで社会的制御を振り切っていると描写する。 nplusonemag
  • 生成AIは莫大な資本・水・電力を消費する一方で、「粗悪なエッセイと差別的ミーム」を大量生産する環境負荷の高いゴミ産業だとまで言い切る。 nplusonemag
  • 計算言語学者Emily Benderらの議論を引き、LLMは「確率的オウム」「合成テキスト押し出し機」にすぎず、真の思考ではないと強調し、「インテリジェンス」という呼び名そのものを脱魔術化すべきだと主張する。 nplusonemag
どのように抵抗しうるか
  • 出版・教育の現場では、AI文と人間の文を聞き分け/読み分ける新しいリテラシー(スタイルの貧しさや議論の薄さを見抜く”ブルシット・ディテクション”)を身につけよと促す。 nplusonemag
  • メディアには「AIで書かせた駄文」も「AI駄文の誘惑についての生ぬるい随筆」も載せるな、AIライティングコーチとの提携も拒否し、唯一無二でクリシェに抗する作品に投資せよと求める。 nplusonemag
  • 大学では「AIフルエンシー」義務化のような降伏路線ではなく、手書き試験や対面指導、AI文章と人間の文章を批評的に読み分けるカリキュラムなどで、人間の知性を鍛える余地があると提案する。 nplusonemag
ルッダイト的姿勢と倫理的訴え
  • 筆者は、自らを含む「AIに抗う者」はルッダイトとレッテル貼りされるだろうが、本来のルッダイトは単なる機械嫌いではなく、「資本主義的支配の道具としての技術」に反対した政治的運動だったと説明する。 nplusonemag
  • 生成AIを使うことは、知的財産の収奪、オリガルヒの富の集中、教育のさらなる格差拡大、民主主義や気候危機の悪化への加担でもあると倫理的な側面を列挙する。 nplusonemag
  • 1945年のC・ライト・ミルズを引用しつつ、企業が所有する機械が作るステレオタイプ的な文学は「偽物」であり、それを壊す役目こそ独立した作家・知識人にあるのだ、と締めくくる。 nplusonemag

生成AIに対する警鐘でもあるけども、流れは止められないよなと思うところもある。けども、世の中のコンテンツが均一化されていっているのも分かるし、つまんないコンテンツが増えていっているのも分かる。かといって止められないよね。これまでの歴史もそうだったように、人は便利な方に走るし、弊害があっても技術的にできちゃうのであれば止められない。そっちの方が儲かる人もいれば尚更。

それによって、人間の創造的な活動に悪影響はあるかもしれないけど、その環境で人間がどうすべきか、どういうコンテンツを作るのか、なんかそういうのには興味ある。

どうなん?

コンテンツを受け入れる消費者側も変わっていくのかなとか。変わっていく必要があるのかなとか。

音声配信は、まだ人間らしさを感じるけどもNotebook LMとかに触れると、こういうのも模倣されていくのねとか感じちゃう。となるとコタツ記事的なものや単純なニュースや情報はAIに任せちゃうことになりそうよね。人間に残ってるのは何なのかね。